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        <title>私らしいお墓をデザインする時代</title>
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        <description>日本初のお墓プランナー長江曜子が書く仏事・霊園・お墓についてのブログ</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2025</copyright>
        <lastBuildDate>Tue, 15 Apr 2014 14:25:59 +0900</lastBuildDate>
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            <title>お墓の素材、石について</title>
            <description><![CDATA[<p>　諸外国を回って、まずなによりも感じることは、お墓はその国の文化・宗教を表現しているということです。そして、大変「美しい」のです。<br> 　お墓の材料・素材も、なにがなんでも石とは限りません。ヨーロッパでは、土葬が主の国において（イタリア、オーストリア等）、土葬地に埋めた遺体の頭上に、木の十字架を建ててあります。10年たって掘り返し、壁型墓地や、素敵な墓石を建立するまでの「墓標」だったりするのです。<br> 　日本でも、かつて木製の墓標が多く用いられました。また、お墓のシンボルを樹木としたお墓が、北欧などでは見られます。自然を意識した演出ですね。そのほか石と木の組み合わせ、石とブロンズの彫刻の組み合わせ、石とガラス、陶器のデザインが欧米も墓地ではよく目にする素材なのです。</p>
<p>　家族墓であっても、個人墓であっても、あるいは合葬式の共同墓、永代供養墓にしても、その素材として、世界中の人々に太古から現在に至る人類の歴史の中で共通に使われている素材は、なんといっても「石」なのです。<br> 　世界的に有名だった日本人の血を引く彫刻家、イサム・ノグチ氏が、「石は地球そのものだ」と言われた言葉が実に重みを増しています。石はマグマが固まってできた自然素材です。地球のいとなみの中で、人間も石も"いのち"をもっているのです。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="131223.jpg" src="/blog/nagae/img/131223.jpg" width="224" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>
<p>　また石は、碑文を刻むという側面では、"永遠"に近い耐久性を有する素材でもあり、人類は「記録」のために古くから石を使用してきたのです。大英博物館所蔵の、ロゼッタストーンに触れた時、そのことを実感しました。石器時代から、人間が手を加え、生活と信仰の素材として使い続けている石という魅力をもつものがおもしろいのです。「石は生きている」なんてお話すると、不思議に思われるでしょうが、石は水を吸い、吐いています。呼吸しているようなものです。時を経る中で風化をしていきますが、自然素材なので、実に環境になじんでくるのです。苔むした灯篭が日本庭園に合うのも、時間の経過が、自然同士の調和を生むからです。<br> 　近年、環境という言葉がキーワードとなり、環境保護が叫ばれる中で、石が見直されています。河川の堤や、護岸工事に大量のコンクリートが使用されてきましたが、実は魚が卵を産み付けなくなってしまいました。石であれば、魚は卵を産むそうです。不思議ですね。自然保護を考える人たちから、石と採るのが自然破壊と、よく耳にします。しかし、人類はその自然素材を、生活に十分役立ててきたのです。そうであるなら、自然からいただいた恵みを、十分に無駄なく使い切ってあげることこそ、本当は大切なのではないでしょうか。</p>
<p>　さて、次回は、墓石に多く使われる石材の特徴について、ポイントを書いていきましょう。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">墓石</category>
            
            <pubDate>Tue, 15 Apr 2014 14:25:59 +0900</pubDate>
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            <title>少子化とシングル化がもたらすものは？</title>
            <description><![CDATA[<p>　1970年代後半に、女性が一生に産む子供の数を示した、合計特殊出生率が、2.0を切ってから、少子化は深刻化しています。人口が減らない目安は、2.09人といわれていますが、1980年代に1.54を切り、厚生省自身も声を大にして「少子化の危険」を叫んでいます。しかし改善されるどころか、いまや1.4台にまで落ちています。少子化は、労働力、高齢化社会の福祉の税負担といった経済の側面でよく政治家や行政が問題視しているものです。</p>
<p>　一方で、少子化は、家族単位で継承しているお墓の未来を根底から崩すものになりかねません。少子化の原因はひと口にはいえませんが、結婚適齢期の長期化、30歳代のシングル化傾向、高齢出産の増加がその原因のいくつかに入るでしょう。</p>
<p>　昭和20年代、30年代に生まれた核家族の子供たちは、兄弟2～3人が平均です。2人の姉妹の場合、戦後生まれの私たちは「家を継ぐ」ことだけにとらわれず、他家に嫁ぐことを幸運にも親に許された世代でもあります。当然ながら長男、長女の結婚、女の子が一人っ子でも姓が変わる結婚をしているわけです。戦前の家制度の下では、他家に嫁したら実家のお墓が絶えてもしかたがない、という意識が当然だったと思います。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="130530.jpg" src="/blog/nagae/img/130530.jpg" width="400" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>
<p>　しかし、戦後の民主教育、男女平等教育を受けた団塊世代、ポスト団塊世代の女性たちの中にはそう考えない人たちも多いのです。実家の墓を無縁化させない方法のひとつに、「両家墓」という方法があります。両家墓とは、男性側（夫側）と女性側（妻側）の墓を、ひとつにしてしまうことで、石碑に、両家の名前を刻むやり方が一般的です。ただし、これでは、その次の世代には通用しない可能性があります。次世代は、A家でもB家でもなく、C家といった名前に変わらないとも限りません。つまり少子化は、家単位で守り継承してきた墓のあり方を根本から変え、合祀する形の墓に変えないとも限らないわけです。</p>
<p>　また、シングルの増加はどうでしょうか。30代の女性がローンを組み、親元から離れマンションを買う、そんな現象が新聞にとりあげられたのは、90年代に入ってからです。女性の高学歴化や、かつての専業主婦幸福神話の崩壊と、共生社会のパートナーシップを保てる男性選びによって、結婚に魅力はあるが、女性が結婚しにくい状況になっていることが、シングル化を高めています。</p>
<p>　また別の面では、日本の場合、男女とも結婚までは両親と同居が原則となっている社会では、両親の過保護が裏にあるシングル化なのかもしれません。男性の30代、40代のシングル増加は、世にいうマザコン現象なのかもしれず、かえって大問題でしょう。</p>
<p>　さて、男女ともに生涯シングルであったとすると、両親の墓に入るのでしょうか。独立心旺盛なシングルは、自分の生涯を示すメッセージを刻んだ個人墓に入るか、永代供養墓に合葬される保障を選ぶか、大海原のロマンに憧れ散骨を選択するのか、選択肢がたくさんあるいまです。血縁による家墓を選ばず、友縁の墓に入るかもしれません。シングルの増加が、お墓の承継システムに影響を与えざるをえなくなるのは、あと30年後でしょう。</p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2013/06/post-26.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">少子化</category>
            
            <pubDate>Mon, 10 Jun 2013 15:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>樹林墓地のメモリアリゼーションとは？―無名墓のルーツとは？―</title>
            <description><![CDATA[<p>　6月29日（金）、都立小平霊園の新墓地形式である"樹林墓地（合葬式）"の見学会に行って、数の解決に違和感を感じた。<br> 　戦前に計画され、昭和23年開園の小平霊園は、先進的な墓地形態を試験的に採用、実現して来た。芝生墓地、壁型墓地、合葬墓（生前申込と、死後遺族が申込む、20年貸付式）等々。園内は、緑豊かで美しい公園型霊園だ。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="120717.jpg" src="/blog/nagae/img/120717.jpg" width="400" height="269" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>
<p>　"樹林墓地"は、管理事務所の裏手にある。フェンスで区切られ、入口には鍵がある。勿論、勝手に遺骨を埋葬されぬためだ。<br> 　言葉が先行し、一人に一本の樹木が植えられるかのように一般の方々はイメージするがそうではない。5種類の樹木が中心に植えられている。地上より85cmぐらいの位置に、石積みがされ、400名分の遺骨（粉骨かそのままの遺骨、粉骨は一体44,000円、全骨は132,000円と3倍の値段）が入る、マンホールのようなコンクリートの土管状の納骨室が27個、10,700体分付設済みだ。都内在住3年以上で、生前申込み（一人用と二人用）と、死後遺族が申込む（一人用と二人用）がある。個人、夫婦、親子、兄弟、姉妹でも申込める。自然に還りたいと考える人にとって、カロート下は土になっており、将来改葬されることもない。埋葬手続きを、事務所で行い、職員と遺族が献花台の前で、最後のお別れをする。1ヶ月後に、たまった遺骨を職員が、カロート内に埋葬し、土を上に撒き、また骨を上に乗せて土を撒く。言葉が悪いがサンドウィッチ式だ。墓碑は無い。一歩まちがえれば、遺骨の捨て場ととられやすい。<br> 　1990年、北欧墓園視察団に参加することが出来た。その際、ミンネスルンド（無名墓）を見た。芝生を、丸くカットして、遺骨を土に直接埋葬する形式。名前に刻まれない。その発生は、罪を犯した人のための墓地であり、名前が刻まれなかった。90年代には、環境への配慮ある墓地として人々に支持されたと言っても一部の極わずかな人々が利用する。日本のように、多くの方々の合葬は珍しい。<br> 　何故なら、墓には"メモリアリゼーション"（追悼、記念する）が大切で、名前は欠かせない。その為、樹木葬墓地でも、名前を刻む例が海外（中国）や日本の民営墓地（樹木葬）に見られるからだ。名前こそ"生きた証"を示せる大切なメモリーである。</p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2012/07/post-25.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">樹林墓地</category>
            
            <pubDate>Wed, 18 Jul 2012 09:58:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>骨壺もエコの時代到来―どんぐり型のかわいい木製骨壺も―</title>
            <description><![CDATA[<p>　3月下旬、ラスベガスで開催されたICCFA（国際火葬墓園葬儀協会・創立125周年の伝統ある協会）の年次大会に、5年ぶりに行ってきました。私は、1988－91年まで、ACAU（全米墓園協会大学、現ICCFAU）に留学、卒業した唯一の日本人です。年次大会は、4日間開催されますが、総会と各種セミナー、ビジネスコンベンション（葬送関係の展示会）が開かれます。<br> 　5年ぶりの会場で、目についたものは骨壺です。陶器、ガラス、金属製、木製等様々な大きさとデザインが出展されていました。業者も、現地のアメリカ、中国、インド等様々です。死後の復活のために、キリスト教やイスラム教の宗教上の理由で土葬率がまだ７０％のアメリカ。あのマイケルジャクソンも火葬されず、モウソリューム(霊廟)に埋葬されています。火葬後は、焼骨をグラインダーで砕き砂状にします。そのため、どんな骨壺にも遺骨は入れられます。故人が好きな海を連想させるイルカの骨壺、本好きにはブック型、アメフトのヘルメット型など多種多様です。<br> 　今回のICCFAのコンベンションで、どんぐり型のちいさな木製骨壺を見つけました。アメリカでは、日本のように火葬後すぐ家族が拾骨しません。後日、火葬証明書と遺骨が郵送で届きます。そのため、熱を持たないため木製の骨壺でも問題ありません。形は、日本の携帯電話ドコモのドコモダケに似ているキャラクターです。こけしのように、木をくりぬいて出来ています。頭の笠の部分が、ねじ込み式になっており、高さ7センチ、幅5.5センチ程度のもので、散骨後分骨用の手元供養にぴったりの骨壺です。気になったので、一ついただいてきました。プラスチック製の台座があり、デスクの上にでも置けそうなつくりです。そのほかの大きなどんぐり型木製骨壺もありました。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="120501.jpg" src="/blog/nagae/img/120501.jpg" width="450" height="205" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>
<p>　土葬用の棺もエコがキーワードでした。イギリスのメーカーが出展していた、圧縮した厚いフェルト状の羊毛で出来た棺や、アメリカのメーカーが出していた籐製の籠のような棺など、土に還る素材が21世紀のエコ時代を反映しています。人工的なものから、地球にやさしく、シンプルで、こころとからだにやさしいものが求められているのです。<br> 　葬送の分野にも、エコの時代を反映していることを、コンベンションで強く感じて帰国しました。自然と共生することを当然と感じる日本人がかえって教えられました。</p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2012/05/post-24.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">骨壺</category>
            
            <pubDate>Mon, 07 May 2012 09:11:50 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ペットのために改葬も　ペットも家族の時代到来</title>
            <description><![CDATA[<p>　先日、こんな事例に出会いました。すでに千葉県の民間霊園に墓地を持つAさんからの相談です。お墓を引っ越したいという希望。普通、お墓の引越しの「改葬」は、田舎から先祖のお墓を移転することが多いのですが、Aさんのお墓は、同じ市内の別の霊園への移転でした。<br> 　Aさんは、家族とも思うペットの愛犬の死を悼み、ぜひ遺骨を自分の家のお墓に埋葬したいと考えたのでした。民間霊園の経営主体の○○寺のご住職の奥様に相談した所、「人間と犬とは行く所が違う。絶対だめ。」と、ことわられました。確かに、仏教的世界観では、六道輪廻であれば、奥様の言う通りです。人間は、生きている間に悟りをひらき、仏の弟子となれば、死後「浄土」へ旅立ち、生まれ変わりのカルマから逃れられ、「成仏」するのですから。<br> 　しかし、Aさんは、同市にある別の民間霊園に家族とも思うペットと一緒に入れることを選択して、墓地を返還（更地にするのにも費用がかかり、返還した墓地の永代使用料は戻りません。）し、新しい霊園の永代使用料と、外柵工事代と費用負担もいとわず、「改葬」したのです。（墓石は、持ち込めました。）<br> 　公営霊園や、民間霊園では、届出義務のある遺骨は人間のものであり、ペットの遺骨は遺品・副葬品扱いで、記載されません。そのため、時にはペットの遺骨を埋葬している人もいます。使用規則に具体的に「禁止」されていないものも多いです。しかし、前述のように、管理者の判断も大切ですので、トラブルを起こさない配慮が必要と言えます。<br> 　今、ペットと一緒に入れることを謳った民間霊園も話題を呼んでいます。少子・高齢社会の進行で、お墓の概念も様変わりして来た事例とも言えるエピソードでした。<br> 　あなたは、ペットと一緒に眠りたいですか？</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="120125.jpg" src="/blog/nagae/img/120125.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2012/01/post-23.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ペット</category>
            
            <pubDate>Fri, 27 Jan 2012 12:55:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>直葬ってどんなこと？</title>
            <description><![CDATA[<p>　このごろよく耳にする直葬とはどんなことでしょうか？現在東京で行われる葬儀のうち、約３割が直葬と言われています。「直葬」とは、昭和３０－４０年代に、「直送」と言われたのがはじめだと、葬儀業界に詳しい方から教えていただきました。警察物件といわれる、身元不明者や、自殺などのご遺体を、直接火葬場に送るという意味があったそうです。１０年前ぐらいから、転じて、現在は病院、介護施設などで亡くなられた故人を自宅に帰さず、直接火葬場に送り火葬することを指すようになりました。実に、新しい言い方だそうです。<br> 　文字に葬儀の「葬」が含まれているので、葬儀と思われやすいのですが、遺体の処理になりやすい点を注意しないと、ただ火葬しただけに終わってしまいます。遺体は、現在の法律で２４時間は蘇生する可能性があるため、火葬できません。火葬場の冷蔵施設で預かっていただくことになります。その施設が充実し、費用負担がいくらなのかにも関心を寄せてください。また、火葬場内に簡単な葬儀施設があるか、炉前などで葬儀ができるかなどについても、きちんと考えておくべきです。「直葬」が、単なる遺体処理に終わらないためには、いくつかのポイントがあります。この４ポイントに気を付けて失敗しない事です。<br> ① 病院からの遺体搬送を、どうするか。葬儀社に頼むことが普通ですが、火葬の順番を予約してもらい、火葬場直接搬送をお願いする。遺体保管を葬儀社にお願いできるところもあるので、その費用負担をきちんと交渉する。（今注目されているラステル久保山は、ラストホテルという意味で、遺体を保管し、いつでも面会できるシステムです。公営の場合、一度遺体を預けると火葬当日までよほどのことがない限り、面会できないことが当たり前の状態があるので註する必要があります。）納棺して運ばれることもあります。<br> ② 宗教者を呼ぶかどうかを、きちんと家族で相談すること。火葬後に、菩提寺に連絡し、寺院墓地に埋葬しようとしてトラブルが生じた事例があります。田舎にある菩提寺に一報する事が大事です。また、菩提寺がないときには、葬儀社等でお坊さんをお願いして炉前だけのお経を頼み、戒名をつけていただくこともできますので、相談することが大切です。<br> ③ 宗教者を全く呼ばずに、家族だけでお別れしたのち、火葬する際にも、ぜひ棺の上に花束を手向ける配慮が必要です。人は、ものではありません。故人の人生に対してのお見送りを丁重にして差し上げてください。<br> ④ 「直葬」をうたった安価な葬儀が、インターネット上に、多くの情報が氾濫しています。しかし、安さでお願いして失敗するケースもあります。遺体搬送車が、単なるライトバンであり、ストレッチャーなしに遺体をぶつけて運び、業者の自宅の車庫が遺体安置所であるなど、クオリティの保証がない状態ですので、自己防衛しないといけません。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="111213.jpg" src="/blog/nagae/img/111213.jpg" width="300" height="119" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/12/post-22.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">直葬</category>
            
            <pubDate>Thu, 15 Dec 2011 11:19:33 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>終活時代―エンディングノートと家族葬―</title>
            <description><![CDATA[<p>　先日、テレビ東京の夕方の報道番組『ＮＥＷＳ　アンサー』の取材で「エンディングノートの書き方講座」（NPO法人あかね　理事長は私、長江曜子）が、取り上げられた。砂田麻美初監督ドキュメンタリー映画「エンディングノート」が大好評のためでしょう。69歳で亡くなった父親の「終活」を、娘がユーモアを混じえて、ナレーションも担当している。私は、10月12日新宿ピカデリーの、最終回で拝見しました。会場は、若者から50代、60代、70代の人達までで、満杯だった。正に「家族の温かい象徴がそこにあった。映画が終了後、若者の中に、涙をふく人達を何人も見た。感動的な映画だった。<br> 　遺言書と言うよりは、ラフな形で、自分のメッセージとして、介護・終末医療、葬儀、お墓や仏壇、相続について「思いを伝えるノート」が、エンディングノートである。ノートは、書店にあふれているが、「書き方講座」は、めずらしかったらしく、昨年6月に千葉県松戸市で産声を上げたNPO法人あかねが取材されたのである。まして、美しい夕日が表紙となった、昨年10月自費出版1000部の「大切な人に・・・思いを伝えるノート」が注目された。<br> 　書き方講座は、ノートの必要性の概論、時代の背景、介護や相続の専門家からのワンポイントレッスンを経て、テーブルを囲みお茶とお菓子を食べながら、ワークブック「エンディングノート」を、鉛筆でお試しに書いてみるというものだ。その講座でよくある質問としては、『家族葬』をしたいのですが、何が普通の葬儀と違うのかわからない」というものです。<br> 「家族葬」を成功させる6点ですが、<br> ①社会的葬儀をしないで、家族・親族で送るものであり、香典はあてにならないので、予算はほとんど個人負担である。<br> ②はぶけるものは、通夜ぶるまいの料理代や、返礼品の数が少なくなるぐらい。<br> ③葬議場を民間にすると会場費が大きなものだと、通常の葬儀と費用的には、あまりかわらなくなり、割高である。<br> ④会場を自宅や、小さめの会場、公的な葬儀場などの工夫が必要。<br> ⑤宗教者の費用は、ほとんど変わらない。（宗教者や僧侶とのコミュニケーションが大切。僧侶の数や、戒名の位などの違い）<br> ⑥家族葬といっても、近所の方や会社関係の方が来た時は、快くお迎えすべきであり、拒否できない。知恵を働かせ、心良く、ゆっくりと、あたたかく故人の旅立ちを、見送れるように、「アルバム」や、「プロフィール」等用意しておくと、話題が尽きない素敵な葬儀となるはずです。<br> 　人生最期の「終活」。ただ、金銭だけでなく、心から満足できるものでありたいですね。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="111109.jpg" src="/blog/nagae/img/111109.jpg" width="180" height="240" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">エンディングノート</category>
            
            <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 09:25:10 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>―東日本大震災の土葬のゆくえ―本当の追悼とは？</title>
            <description><![CDATA[　9月は、秋彼岸の月です。昼夜の割合が同じになり、死者と生者が交流出来る日。秋分の日は、国民の祝日であり、先祖に感謝しお墓詣りする日でもあります。<br />　全国各地で、3月11日の東日本大震災でなくなられた方への追悼・慰霊が行われ、TVで報道されました。身元不明者の慰霊に関しても、実に意味深い行事が行われました。東京近郊でも、浅草の浅草寺、成田山新勝寺、等々。心から、手を合わせる多くの国民が、TVを通して放映され、またそれを見て自宅で手を合わせた方々も多いことでしょう。尊い行為であり、自然な気持ちのあらわれです。<br />　さて、宮城県東松島市と亘理町では、津波の犠牲者を一時的に旧クリーンセンター跡地に臨時墓地を設置し、約650体仮埋葬―本当は臨時埋葬と言う―されたことが、新聞やTVで報道されました。戦後の段階で、火葬と土葬が半々だった日本は、現在99.5％以上の火葬大国です。その中での「土葬」は、驚きだったと思います。<br />　一列に土が掘られた中に、棺が土中に埋められて行きます。棺の上に花束がそえられているものもあり、土をかぶせた上には、番号のプレートが立てられていました。自衛隊員の活躍が、映し出されていました。宮城県内では何んと2000体が土葬されました。<br />　実は、3月で自衛隊は任務を終り、その後の臨時埋葬は、民間の葬儀社A社が行っていました。海中から上げられた遺体もあり、困難を極めたものだったそうです。その上、8月の初盆までに、ぜひとも火葬してあげたいとの遺族の要望で、棺を掘りおこし、遺体を火葬場に運び、火葬することになり、A社の社員チームは、誠実にその筆舌に尽くしがたい作業を行ったそうです。初盆までには、あと1～2割で完了しませんでしたが、9月には終了となりました。<br />　土葬大国アメリカのように、80％土葬でも防腐剤と血液を入れかえるエンバーミングをした遺体ではなく、イタリアのように10年たってから掘り起こし、小さな棺に入れかえるか、火葬するかの、二者択一です。キリスト教で復活のために遺体を土葬や、モーソリウム（霊廟形式―壁や床に埋葬）に入れる形式とは違う日本での、作業だったそうです。そのスライドを、9月22日の日本葬送文化学会の総会で拝見することが出来ました。<br />　人は、ものではない。尊厳ある死として、遺体を土葬、火葬し、追悼・慰霊し、墓を作ることが、実は動物と人間を分ける「葬送文化」の原点であることに、再び気づかされました。それを支えてくれたのも、機械でなく、また人です。合掌。 ]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/10/post-20.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">東日本大震災</category>
            
            <pubDate>Mon, 17 Oct 2011 09:18:50 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>お盆にお墓の力、再発見！</title>
            <description><![CDATA[<p>　去る8月13日、読売新聞の全国版朝刊第一面に、実に印象的な、写真と記事「墓石戻った　感謝のお参り」が掲載され、驚かされた。旧盆の最中の時期に、宮城県気仙沼市波路上崎野の海岸沿い、堤防の前にずらりと並んだ墓石の棹石の一つの前に、女性がしゃがんで丁寧にぞうきんで正面の文字をふいている風景。津波で流された、近くの「地福寺」にあった墓石を、住職片山秀光さん（71）が「ふるさとにお参りに戻ってきた人が悲しまないように」とボランティアらの助けを借りて拾い集めて、海岸堤防沿いに並べたものだそうだ。<br> 　12日に、この女性は、丁寧に墓石を磨き花を供えたと記されている。「墓石だけでも見つかってよかった」との女性の言葉は、実感がこもっている。墓地は、きっと壊滅的な打撃を受け、破壊され、遺骨もどうなったのかわからない状況だろう。何より、津波の去った後のTVや新聞の映像には、電車や車が考えられない形で墓地に放置された、巨大な力を印象付ける。<br> 　私の素直な感想として、「墓石の力」のすごさであった。なぜ、お墓が石なのかという証明でもある。和型の棹石には、家名、建立者、建立年月日、戒名（浄土真宗では法名）、俗名、死亡の年月日が刻まれている。正に、家族の歴史を、沈黙しているはずの墓石が、実に明確に「雄弁」に語ってくれている。女性が線香をあげ、花を献じて、手を合わせ祈ることによって、追悼、祈りの空間がそこにあらわる。人々の心を癒し、死者と生者の語う空間が生まれるのである。墓の本質は、追悼する場であり、死者を埋葬する場であるが、何よりも故人を想い出す場としての、「メモリアリゼーション」が大切で、石はそれを最も「永遠」に近く、保障する素材である。<br> 　今年のお盆中に、浅草付近の関東大震災と東京大空襲によって被災した寺院の調査を行った折、寺院が焼けて、過去帳が消失しても、火を浴びて、墓石が焦げたり、角が割れたりしている墓石に刻まれた戒名、没年、死亡年月日によって記録を復活したとの事実や、それ等の墓石が今も使用され、歴史を物語っている事の、意味深さについて浅草で百年石材業を営むS社・社長さんから伺って考えさせられた。<br> 　「お墓の力」「墓石の力」は、実にあなどれないものである。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="110829.jpg" src="/blog/nagae/img/110829.jpg" width="251" height="397" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/09/post-19.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">お盆</category>
            
            <pubDate>Thu, 01 Sep 2011 09:31:09 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>古くて新しいお墓まいり代行サービス</title>
            <description><![CDATA[<p>　７月は、新盆（東京を中心とした）です。伝統的には、８月の旧盆が全国で展開されます。今では、スーパーでも盆かざりの品物が食品売場の入口付近の、一番目に付く場所に飾られ売られています。キュウリの馬、ナスの牛も、なんとプラスチック製で出来ています。何でも、外注なんですね。子供の頃、祖母と一緒に手作りした、夏休みの想い出がよみがえって来ました。本当に、便利な世の中になりました。<br> 　さて、今インターネット上で、お墓まいり代行サービスが、新しい時代のサービスとして注目されています。高齢化で、遠方にあるお墓まいりだけでなく、近所（１～２時間）であっても、暑いさかりの草取りと墓参は、重労働になって来ているのでしょう。でも、このサービスは、決して新しいサービスではありません。<br> 　東京２３区内の区部霊園（青山・谷中・染井・雑司ヶ谷）の中や付近には、茶亭があり、祭祀サポート業（花線香販売、僧侶手配、上花、清掃他）を行っています。また、郊外型公園墓地の石材店は、建墓、埋葬、戒名彫刻等の仕事の他に、祭祀サポート業（法事の手配さえも行う。管理メンテナンスなど）として、石材と茶亭機能を合せ持っているのです。大正１２年開園の多磨霊園、昭和１０年の八柱霊園、昭和２３年の小平霊園、昭和４６年の八王子霊園は、皆同じ祭祀サポートを、９０年近く前から、きめ細かくやっているのです。<br> 　上花は、古くから行われているサービスです。石屋さんが、墓参代行し、清掃までしてくれています。（内容によって料金は様々。組合で決まっています。）民間霊園でも、指定石材店が、きちんと受持っています。<br> 　古くて、新しいお墓まいり代行サービス。今では、おまいりした後の写真をネットで送付することまでが可能です。忙しかったり、高齢でお墓まいりに行けない時に、利用してみてはいかがですか。</p>
<p style="text-align: center; margin: 10px 0;"><img alt="110731.jpg" src="/blog/nagae/img/110731.jpg" width="270" height="161" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;"></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/08/post-18.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">お墓参り</category>
            
            <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 10:34:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>手塚治虫の&quot;ブッダ&quot;に触れて&quot;心&quot;の大切さ再発見</title>
            <description><![CDATA[ <p>　東日本大震災から、早３ヶ月を迎えようとしています。皆様、お元気でお過ごしでしょうか。津波、原発の映像が、毎日流れ、人々に不安を抱かせる日々が続きました。昭和４年生まれの母は、津波が去った景色を見て、敗戦後の東京とそっくり同じとつぶやいていました。<br />
　５月２８日公開の、新しいアニメ映画『ブッダ』のポスターが、東京中の駅に貼られています。今こそ、ブッダの時代であると。昭和３年生まれの手塚治虫の、原作『ブッダ』と、同じものではないはずです。しかし、作品に込めた、手塚治虫の想いは、伝わって来るはずです。<br />
　戦中派だった、手塚治虫。一生涯に、二つのことが夢だった。医師として、人の命を救いたい夢と、漫画家になって子供達に夢を届けたいという、二つの夢だ。医学博士の漫画家は、多分、世界でたった一人、手塚治虫だけのはずです。<br />
　手塚治虫は、兵庫県宝塚出身。多くの人々が、戦時中になくなって行く悲劇を、思春期に体験した。医師であっても、漫画家であっても、一貫して「命の大切さ」「命の不思議」を訴えた、すばらしい人間、手塚治虫。<br />
　人間は、生きている限り、苦難はつきものである。生まれるのと、死ぬのは、セットであって、どちらか一つはあり得ない。その命が、安心して生きられる社会は、無く、「無常」（常ならぬものは無い）である。そこをきちんと知り、生を感謝できる人間でありたい。また次の世に、いつか旅立つ人間の存在が認識されなくてはならない。<br />
　実は、そんな「命の大切さ」を自覚できる場所こそ、「お墓」なのです。お墓は、悲しみの場所でありながら、心が洗われる場所であります。手塚治虫の『ブッダ』を見ながら、震災の中での、不確実な世界の中にある、確かなものに触れたいと思います。</p>
<p style="margin-top:1em;">　※マンガのブッダは、１４巻あり手塚が１０年を費やして書き上げた作品。<br />
　　平成元年、満６０歳で亡くなった、手塚自身の人生観と仏陀観が描かれている。</p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="110531.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/110531.jpg" width="270" /></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/06/post-17.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">手塚治虫</category>
            
            <pubDate>Wed, 01 Jun 2011 13:04:20 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>追悼の場としての国立墓地を！</title>
            <description><![CDATA[ <p>　３月１１日午後２時４６分１８秒、マグニチュード９．０の東日本大震災が発生した。青森から千葉に至る被災地の広さと、津波、原発を伴った被害は未曾有の災害だった。４月２９日現在の死者１万４６１６人、行方不明１万１１１１人、避難者１２万７４７３人である。<br />
　身元不明の御遺体が、数多く毎日発見されている。身元を確認すべき遺族も、喪くなっているのかもしれず、傷あとの大きさに驚くばかりである。正に千年に一度の大地震だ。<br />
　先日、被災地に葬送ボランティアとして遺体搬送で活躍した青年から伺った話だが、火葬後の骨壷を、ボストンバッグに入れ、避難所に戻った遺族のことが特に心に残った。まだ、家族の生死が分からない多くの方々がいる避難所には、遺骨を抱いては帰れない。悲嘆の処理をすべき癒しの空間としての、慰霊・追悼の場所さえなく、声を押しころして泣くことさえ出来ないのである。<br />
　仏壇が流され、大切な先祖の位牌をがれきの中から必死に捜し出そうとしている信心深い東北の人々の姿が、ＴＶの報道画面から垣間見られると、胸が痛い。都会の簡略化された法事では、今や十三回忌も省略してしまう人も出ているのに、東北では五十回忌をする方々がいる、三十三回忌が、忌明けという訳ではない。宗教色をぬいたものでも良いが、御遺骨の仮安置所と慰霊（白布のテーブルに、せめてローソクと線香、お花）する空間があれば、人々の心の癒しは、どんなにか安定するであろうか。<br />
　「衣食足りて礼節を知る」の言葉が、いまだ被災地では、衣食も足りないかもしれないが、手を合わせ祈る心の余裕を取り戻せる契機が大切だと思う。そして、物資の復興の後に来る、心の復興こそ、「追悼の場としての国立墓地」である。有縁、無縁の人々すべて尊い命、救済のために命を落とした者達（自衛隊、警察、消防、公務員等）も、供にその名を永久にきちんと刻むものであるべき空間である。</p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="110506.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/110506.jpg" width="450" /></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/05/post-16.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">東日本大震災</category>
            
            <pubDate>Fri, 06 May 2011 09:36:44 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>東日本巨大地震―あなたのお墓は大丈夫！―</title>
            <description><![CDATA[ <p>　３月１１日（金）午後発生した東日本巨大地震。皆さんは、どこで体験されましたか。私は、千葉県松戸市駅前の１４階建ての校舎の１１階にいました。最新の建物は、揺れて力をのがすため、大変ひどく揺れましたが、無事でした。今なお余震が続く、被災地の方々のご苦労を思うと、一日も早い救援が出来ます様祈ると共に、なくなられた方々のご冥福をお祈り致します。<br />
　いまから１６年前、阪神、淡路大震災の被災地の墓地に３ヶ月後訪れました。墓石の倒壊・破損のひどさを見ると共に、地震波の状況や地盤によって、一列違うと墓石が無事という現場を目のあたりに見ました。今度は、千葉、埼玉、茨城、首都において、墓石への多大な影響が出ています。阪神では１５秒、今回は約５分間と、地震の時間が長く、エネルギーも１３０倍、マグニチュード９と、とほうもない巨大地震です。１３日に、取手にある霊園の現場や、千葉の霊園等を拝見すると大変な状況です。<br />
　さて、地震の時には、①天災・自然災害であること、②自分の墓地内においては、自分で復旧しなければならないことが重要です。自分の墓地の状況が見に行けない場合は、担当の石材店に見に行ってもらいます。余震がおさまってから、目地切れ、据え直し、破損した石材の撤去、作り直し等、すべてきちんと見積をしてもらってから直してもらいましょう。納得してからにして下さい。<br />
　ここで重要なのは、墓石を建ててもらった石材店の住所やTELを、きちんと緊急時対応のノートに書き残しておくことです。お墓は単なる物品販売ではありませんし、代々に渡って承継して使い続ける「祭祀財産」なのです。もちろん「死後の家」と同じですので、長い間には、管理メンテナンスも生じます。<br />
　危険な倒れそうな状況の場合は、まず緊急処置として石を据え直してもらい、余震がおさまっての後に目地をしていただきましょう。<br />
（石材店に心あたりのない時は、寺院や霊園事務所に問い合わせると共に、信用のある石材店に頼みましょう。）</p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="110322.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/110322.jpg" width="355" /></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/03/post-15.html</link>
            <guid>/blog/nagae/2011/03/post-15.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">地震</category>
            
            <pubDate>Fri, 25 Mar 2011 09:25:22 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>後世に平和の大切さを伝えるハワイ編その２～国立太平洋戦没者墓地を訪ねて</title>
            <description><![CDATA[ <p>　１２月２３日、２番目に訪れたのは、ワイキキから車で１時間、カネアにあるValley of the Temple Cemetery（谷の寺霊園）です。この霊園には、日本移民１００年を記念して１９６８年に建立した、宇治の平等院が再現されていることで有名です。アメリカ人の観光客には、大人気の観光スポットです。日本庭園もあり、錦鯉が池を泳いでいます。阿彌陀信仰の仏像も、平等院の中に安置されています。</p>
<p>　この霊園には、２度目の訪問です。最初の訪問は、１９９２年でした。その時との差を３点あげてみると、お墓は、人々に安らぎを感じさせることの出来る場所であることが、わかります。</p>

<ol style="margin: 1em 1em 1em 2em; padding: 0pt;">
<li>平等院の拝観料は、昔は無料だったが、現在は、３ドルと有料になっていました。アメリカ人を乗せた観光客のバスもとまっていました。上の階は立ち入り禁止でした。（確か納骨堂になっていたはずです。）ビジネスの国、アメリカ的な話ですが、霊園を訪れる人々に、お寺が安らぎと癒しを与えているのです。</li>
<li>カトリック用墓地、日本人墓地、中国系の墓地と、民族単位で日系人の墓に両家墓が見られました。それぞれの宗教に対して、配慮するエリアに分かれている。人種のるつぼ（Melting pot）でなく、正にサラダボールです。特に中国系の墓地に墓参客が多かった。</li>
<li>前回、フィリピンを追われたマルコス大統領が死後、遺体を冷蔵保存（エンバーミングの上）し、警備員が２４時間守っていた特別な別棟がありました。しかし、今回は、故国に遺体が移ったので、今はその場所がなくなっていました。時代を感じさせました。</li>
</ol>

<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="110111.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/110111.jpg" width="450" /></p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="110111-2.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/110111-2.jpg" width="450" /></p>

<p>　この、２つの霊園を案内してくれたベトナム人のタクシードライバー、ラワンさんの叔父さんがこの霊園に埋葬されていると話してくれました。昭和２３年生まれのラワンさんは、ベトナム戦争中にアメリカへ逃れたベトナム人であり、現在アメリカに在住している１００万人のベトナム人の１人です。カネアの家を案内されたのですが２０人のベトナム家族で一緒に生活をしています。</p>
<p>　農場では、ビンロウをを台湾に輸出するために育て、葉を女性達がきれいに丁寧に洗って、ダンボールにつめていました。実も輸出します。台湾、台北市内の道端で売られているビンロウ（葉をかんでガムのように楽しむもの）が、何んとハワイ州に移民しているベトナム人によって栽培されているとは思いもよらないと思いました。</p>
<p>　故国をボートピープルとして脱出後、アメリカの地で死亡した叔父の墓に毎朝タクシー勤務に着く前に墓参するラワンさん。墓地は、故郷に帰れない人々にとっても「家族の絆」の確認の場所でもありました。</p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2011/01/post-14.html</link>
            <guid>/blog/nagae/2011/01/post-14.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">平等院</category>
            
            <pubDate>Tue, 11 Jan 2011 10:55:42 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>後世に平和の大切さを伝えるハワイ編その１～国立太平洋戦没者墓地を訪ねて</title>
            <description><![CDATA[ <p>　１２月２２日から、クリスマスシーズンのハワイに滞在しました。目的は、ハワイのお墓の研究です。クリスマスシーズンは、アメリカ人にとって、日本人の「お正月」に近いほど「家族の絆」を確認する、大切な「家族ですごす休日」でもあります。</p>
<p>　１２月２３日午前９時３０分、ホノルルの中心からタクシーで約２０分に存在するパンチボウル国立太平洋戦没者墓地へ急ぎました。パンチボウルとは、すり鉢状のくぼ地に約３万人の第二次大戦および一部ベトナム戦争の戦没者（軍人、軍属）が埋葬されている自然豊かなやすらぎの墓地です。私にとっては、３回目の訪問です。最初は、１９７２年１９歳の時、１９８６年の３３歳の時、そして今年２０１０年５７歳です。墓地は、人間にとって人生の過ごし方によって違って見えると思います。より深い所が見え、感じられるようになる不思議な祭祀施設です。</p>
<p>　ビジターセンターは無人で、太平洋戦争（パールハーバーを含む）に関する展示物があり、特に二世として参戦した二世部隊の方々の写真が飾られていました。また、２つのコンピュータ画面にむかい、名前を示すと広い墓地の埋葬場所が提示され、プリントアウトされます。園内が広いので墓参する方々を大切にするシステムです。土葬墓地、火葬墓地、エリアごとに分かれています。また入口付近の第二次大戦の戦死者のエリアには、クリスマスリースにまっ赤なリボンが付けられ、一列に並んでいるのは、実に整列した兵士のようで整然としていました。中心の女神像の巨大なモニュメントの各階段の下の巨大な壁には、太平洋戦争やベトナム戦争（海兵隊）の戦死者の名前が刻まれていました。</p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="101229.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/101229.jpg" width="450" /></p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="101229-2.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/101229-2.jpg" width="450" /></p>
<p>　アメリカ合衆国のために命をかけて守った方々の尊い命に対して、その名を永遠に刻むことは、その方々を決して忘れないというメモリアリゼーション（記念）することの根本的な精神なのです。世界中４５ヶ国、いろいろな国を訪問して、墓地を研究して来ました。多くの国で、戦死者のための墓地を見て来ました。共通して言えることは、どんな国でも、その方々を大切に考え、記念＝メモリアリゼーションしていること、決して忘れないように時には一人一人の名前を石に刻んでいることなのです。それこそ、各国とも国立墓地として記念することの意味を、きちんと意志として、精神として持っているのです。後世に伝える意味です。お墓とは、そんなすごいものでもあるんですね。</p>
<p>　一人一人のお墓には、家族や友人から手向けられた美しい生花やクリスマスツリー、クリスマスの花であるポインセチアが飾られていました。クリスマスを前にして、人々は、日本人がお正月前に墓参するように、故人に逢いに墓地を訪ね、心を交流させ、対話する、意味深い墓参をしているのです。その思いを確認できて心が洗われました。</p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="101229-3.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/101229-3.jpg" width="450" /></p>
<p style="margin: 10px 0pt; text-align: center;"><img alt="101229-4.jpg" src="http://www.mosimo.net/blog/nagae/img/101229-4.jpg" width="450" /></p>]]></description>
            <link>/blog/nagae/2010/12/post-13.html</link>
            <guid>/blog/nagae/2010/12/post-13.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">戦没者墓地</category>
            
            <pubDate>Wed, 29 Dec 2010 10:37:32 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
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