霊園・仏事の知っ得コラム

長江曜子連載

お墓は、なぜ石なのだろうか。

2010年09月30日

 世界中、なぜかお墓の素材は石である。それも圧倒的に御影石(花崗岩)が多い。勿論「木の十字架」や「樹木」、「美しいバラ」もある。しかし、どうしてか石なのである。

 自然素材で、魂が宿るというような呪術性もあるのかもしれない。どんな民族も共通して石を用いる原点は、「永遠性」だろう。石に刻んだ文字は、「時空を超える」ことが出来る。紙よりも石なのだ。1986年、はじめてイギリスを訪れた際に、大英博物館で見たエジプトコレクションに刻まれた象形文字、歴史教科書に載っていた「ロゼッタストーン」をこの目で見た時のあの感動は、忘れられない。パピルスもあるが、正に基本は石文化である。

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 先日、京都西本願寺「大谷本廟」(墓地)を見学することが出来た。約400年余を超えて現存する墓石には、くっきりと戒名や俗名、家族の歴史が彫られていた。その文字は、決して色あせない。昭和35年に、墓地規則が出来て以来、何度かの調査を経ているが、何代にも渡って家族が墓参し続けている墓もあるのだ。墓守りが苦行のように言われる都会のうすら寒い現実を考えると、崇高な魂の有り方を、墓石が伝え、見守り続けているとも言える。

 大谷本廟の中には、幕末から明治に至る日本近代の曙を、きちんとした歴史眼で見直し再評価した、司馬遼太郎氏の墓もある。正に司馬氏の眠るにふさわしい墓所であり、そこが「京都」なのだ。ゆるがない、そしてしなやかな強さが、1000年を超える都にはある。それを伝えるものも、正に石であることを、きちんと心に刻みたいものである。ささやかな庶民の、名もなき人間であったとしても、石に家族の歴史を刻むことは、後世のその歴史につらなる人々に感動を呼ぶものである。

 「石は地球そのものだ」と、心から自然との融合を望んだ、日本とアメリカの掛け橋になろうと決意した、イサム・ノグチ(彫刻家・建築家)の言葉は実に奥深いものがある。

profile
長江 曜子(日本初のお墓プランナー)

死にまつわるデス・ケアサービスの葬送アドバイザー
聖徳大学教授博士(学術)
世界45カ国を旅し、お墓の比較研究をし、アメリカのお墓大学を卒業。墓石・霊園行政研究、文化人類学的視点で比較研究すると共に、個人のお墓から霊園設計・納骨堂設計等ライフプランニングのアドバザー(コーディネーター)を務める。
 また、大学においては、生涯教育(SOA)人気シリーズ「食の松戸物語」のコーディネーターを務めるとともに、寮の食事改善策を地域食材導入の試みをしている。

長江 曜子